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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)7775号 判決 1988年6月30日

原告

西口和男

ほか一名

被告

占部信行

ほか三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告らそれぞれに対し、各金二〇二六万四四一八円及び内金一八七六万四四一八円に対する昭和六〇年八月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

被告占部は、昭和六〇年八月一七日午前二時一五分ころ、普通乗用自動車(福山三三ろ二七六号、以下「占部車」という。)を運転し、その屋根上に訴外西口哲也(以下「亡哲也」という。)を乗せたまま広島県尾道市西則末町一二番四五号先路上を走行中、同人を路上に転落させて脳挫傷等の傷害を負わせ、同月二一日午後三時三〇分、同人を右傷害により死亡するに至らせた(以下「本件事故」という。)。

2  責任

(一) 被告占部は、同月一七日午前二時ころ、自車を同市髙須町一、一九三番地の八尾道トラツクステーシヨン東方約五〇メートルの道路上に停車させ、自車に同乗していた被告槇野、同向井ら五名とともに他の自動車に乗つていた亡哲也ら四名と喧嘩をしたが、その後右被告らを同乗させて占部車を運転し、再発進して間もなく、自車のトランクの上に亡哲也が乗り、屋根に手を掛けて自車にしがみついているのに気づいたのであるから、直ちに自車を停止させ、占部車から同人が転落するのを未然に防止すべき注意義務があつたものである。しかるに、被告占部は、自車を停止させず、速度を時速約一〇〇キロメートルに上げたりしながら、同日午前二時一五分ころまでの間、同市西則末町一二番四五号尾道地区消防本部前道路上付近までの約三・五キロメートルにわたつて自車を走行させ続けたのみならず、その途中の同町一一番四号大浦建設株式会社先三次分れ交差点付近を走行中、自車の屋根に乗り移つていた亡哲也を自車から振り落とそうと決意し、同人を路上に振り落とせば同人が死亡するかもしれないことを認識しながら、前記尾道地区消防本部前路上付近に至るまでの約九〇メートルにわたり、敢えて自車を時速約四〇キロメートルの速度でジグザグ運転したり、急ブレーキをかけて急にこれを解除したりしたため、同人を占部車の屋根の上から路上に転落させたものである。したがつて、被告占部は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

また、被告槇野、同向井は、占部車に同乗していたものであるが、被告占部と亡哲也を振り落とすことを共同したものであるから、民法七一九条、七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

(二) また、被告大村は、本件事故当時、占部車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

(亡哲也分)

(一) 逸失利益 金二一五二万八八三六円

亡哲也は、本件事故当時一九歳の健康な男子で、訴外新光産業株式会社に勤務して給与を得ていた。したがつて、同人は、本件事故により死亡しなければ、就労可能な六七歳までの四八年間にわたり昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表、産業計・企業規模計・学歴計・年齢一九歳の男子労働者の年間平均給与額である金一七八万四七〇〇円を下回らない収入を得られたものというべきであり、同人が右の間に得られたであろう利益の額から五〇パーセントの割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すると、次の計算式のとおり、金二一五二万八八三六円となる。

1,784,700×(1-0.5)×24.126=21,528,836

(二) 慰謝料 金一五〇〇万円

本件事故により死亡した亡哲也が本件事故により被つた精神的、肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金一五〇〇万円が相当である。

(原告ら固有分)

(三) 葬儀費用 各金五〇万円

原告らは、亡哲也の葬儀を執り行い、その費用として各金五〇万円を支出した。

(四) 弁護士費用 各金一五〇万円

原告らは、本訴の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として、各金一五〇万円の支払を約した。

4  相続による権利の承継

原告西口和男は亡哲也の父、原告西口節子は亡哲也の母であるところ、亡哲也には他に相続人はいないから、原告らは、亡哲也の死亡に伴い、同人の被告らに対する前記3(一)(二)の損害賠償債権を各二分の一の割合で相続により承継した。

5  結論

よつて、原告らはいずれも被告らそれぞれに対し、3(一)(二)の合計額の二分の一に3(三)(四)の額を加えた各金二〇二六万四四一八円の損害賠償金及び弁護士費用を除く内金一八七六万四四一八円に対する不法行為の日である昭和六〇年八月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告占部、同槇野、同向井)

1  請求の原因1の事実中、被告占部が原告ら主張の日時、場所において、占部車の屋根の上に亡哲也を乗せたまま占部車を運転して走行中、同人を路上に転落させたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2(一)の事実は否認する。

3  同3及び4の事実は知らない。

(被告大村)

1  請求の原因1の事実は知らない。

2  同2(二)の事実中、被告大村が本件事故当時占部車を所有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3及び4の事実は知らない。

三  抗弁

1  過失相殺

亡哲也は、広島県尾道市髙須町一、一九三番地の八尾道トラツクステーシヨン東方約五〇メートルの道路上において、発進しようとした占部車のトランクの上に飛び乗り、その屋根によじのぼつて時速約四〇キロメートルで走行する占部車を蹴り回すなどし、そのフロントガラスを蹴破つたりしたのであるから、被害者である亡哲也にも相当な過失があつたものというべきであり、損害額の算定に当たつては、同人の右過失を斟酌して減額がなされるべきである。

2  損害の填補

原告らは、占部車の自動車損害賠償責任保険から各一二五三万一六七五円の保険金の支払を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  事故の発生

成立に争いのない甲第一ないし第三、第八、第一〇ないし第一二、第一四、第一六、第一八ないし第三六、第三八、第三九、第四二ないし第五二、第五四ないし第七八、第八三ないし第八八号証を総合すれば、被告占部は、昭和六〇年八月一七日午前二時一五分ころ、占部車を運転し、その屋根上に亡哲也を乗せたまま広島県尾道市西則末町一二番四五号先路上を走行中、同人を路上に転落させて脳挫傷等の傷害を負わせ、同月二一日午後三時三〇分、同人を右傷害により死亡するに至らせたことが認められ(被告占部が右日時、場所において、占部車の屋根の上に亡哲也を乗せたまま占部車を運転して走行中、同人を路上に転落させたことは、原告らと被告大村を除くその余の被告らとの間において争いがない。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  責任

1  被告占部

前掲各証拠によれば、被告占部は、同月一七日午前二時ころ、自車を同市髙須町一、一九三番地の八尾道トラツクステーシヨン東方約五〇メートルの道路上に停車させ、自車に同乗していた被告槇野、同向井ら五名とともに他の自動車に乗つていた亡哲也ら四名と喧嘩をしたが、その後右被告らを同乗させて占部車を運転し、再発進して間もなく、自車のトランクの上に亡哲也が乗り、屋根に手を掛けて自車にしがみついているのに気づいたことが認められる。したがつて、被告占部は、直ちに自車を停止させ、占部車から同人が転落するのを未然に防止すべき注意義務があつたものというべきである。しかるに、前掲の各証拠を総合すれば、被告占部は、自車を停止させず、速度を時速約一〇〇キロメートルに上げたりしながら、同日午前二時一五分ころまでの間、同市西則末町一二番四五号尾道地区消防本部前道路上付近までの約三・四キロメートルにわたつて自車を走行させ続けたのみならず、その途中の同町一一番四号大浦建設株式会社先三次分れ交差点付近を走行中、自車の屋根によじのぼつていた亡哲也に自車のフロントガラスを蹴破られたことに腹を立てて同人を自車から振り落とそうと決意し、同人を路上に振り落とせば同人が死亡するかもしれないことを認識しながら、前記尾道地区消防本部前路上付近に至るまでの約九〇メートルにわたり、敢えて自車を時速約四〇キロメートルの速度でジグザグ運転したり、急ブレーキをかけて急にこれを解除したりしたため、同人を占部車の屋根の上から路上に転落させたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。右の事実によれば、被告占部は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任があることが明らかである。

2  被告槇野、同向井

前掲各証拠によれば、被告槇野、同向井は、占部車に同乗していたところ、占部車の屋根に乗り移つていた亡哲也に自車のフロントガラスを蹴破られたことに腹を立て、他の同乗者とともにこもごも被告占部に対し、「しやくつちやれ」「落としちやれ」などと申し向けたこと、被告占部は、これに呼応して前記のように占部車をジグザグ運転したり、急ブレーキをかけて急にこれを解除したりして亡哲也を路上に転落させたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。右の事実によれば、被告槇野、同向井は、被告占部が未必的な殺意をもつて亡哲也を自車の屋根の上から路上に転落させるのを幇助したものというべきであり、民法七一九条、七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

3  被告大村

被告大村が本件事故当時占部車を所有していたことは原告らと被告大村との間に争いがない。したがつて、同被告は、占部車を自己のために運行の用に供していたものと推認すべきであり、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任があるものというべきである。

三  損害

(亡哲也分)

1  逸失利益

成立に争いのない甲第三七号証、丁第一号証及び弁論の全趣旨によれば、亡哲也は、本件事故当時一九歳の健康な男子で、訴外新光産業株式会社に勤務し、月額金一二万二六〇〇円の給与を得ていたことが認められる。したがつて、同人は、本件事故により死亡しなければ、就労可能な六七歳までの四八年間にわたり年間一四七万一二〇〇円の収入を得られたものと推認することができ、同人が右の間に得られたであろう利益の額から五〇パーセントの割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すると、次の計算式のとおり、金一七七四万七三〇六円となる。

1,471,200×(1-0.5)×24.1263=17,747,306

2  慰謝料

本件事故により死亡した亡哲也が本件事故により被つた精神的、肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金一五〇〇万円と認めるのが相当である。

(原告ら固有分)

3 葬儀費用

成立に争いのない甲第九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡哲也の葬儀を執り行い、その費用として相当額の支出をしたことが認められるところ、本件事故と相当因果関係に立つ葬儀費用は、原告らそれぞれにつき各四〇万円と認めるのが相当である。

四  相続による権利の承継

前掲甲第九、第三七号証及び弁論の全趣旨によれば、原告西口和男は亡哲也の父、原告西口節子は亡哲也の母であり、亡哲也には他に相続人はいないことが認められる。したがつて、原告らは、亡哲也の死亡に伴い、同人の被告らに対する前記三―2の損害賠償債権を各二分の一の割合で相続により承継したものと認められる。

五  過失相殺

前掲各証拠によれば、亡哲也は、前記尾道トラツクステーシヨン東方約五〇メートルの道路上において、発進しようとした占部車のトランクの上に飛び乗り、その屋根によじのぼつて走行する占部車を蹴り回すなどしたことが認められ、同人が走行中の占部車のフロントガラスを蹴破つたことは前記認定のとおりである。してみれば、本件事故の発生については、被害者である亡哲也にも過失のあつたことが明らかであり、同人の右過失を斟酌し、前記損害額の四割を減額するのが相当である。

六  損害の填補

抗弁2の事実は当事者間に争いがないので、原告らの被告らに対する前記損害賠償債権は、いずれも填補されて消滅したものというべきである。

七  結論

以上の次第で、原告らの被告らに対する本訴各請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下満)

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